【意見】原子力発電所事故による損害賠償制度の見直し始まる

2015年5月25日

脱原発弁護団全国連絡会の共同代表の海渡雄一弁護士が、昨日の原発事故被害者連絡会(ひだんれん)設立集会で述べた連帯のあいさつをまとめました。

現状の原子力損害賠償支援機構法に基づく補償は極めて不十分な状況にありますが、有限責任制(事業者による賠償打ち切り制度)は原発の再稼働を容易にします。

損害賠償請求のみならず、差止請求訴訟においても非常に重要な問題です。

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5月24日原発事故被害者連絡会(ひだんれん)設立集会「手をつなごう!立ち上がろう!」(福島県男女共生センター(福島県二本松市))

 原稿(PDFファイルが開きます)*2017/9/21リンク更新


 

原子力発電所事故による損害賠償制度の見直し始まる

モラルハザードを引き起こし次の事故を準備する

原発事故損害賠償有限責任制の導入に強く反対する

 2015年5月24日

                 海渡 雄一(飯舘村民救済弁護団 共同代表)

 第1 原発事故賠償に関する新たな制度の検討が始まった

 遂に恐れていたことが始まった。

原子力委員会の下に設置された原子力損害賠償制度専門部会(部会長=濱田純一・前東京大学総長)が2015年5月21日に、初会合を開き、東京電力福島第一原子力発電所事故の教訓を踏まえた賠償制度の見直しの作業を開始したと報じられている。

http://www.aec.go.jp/jicst/NC/senmon/songai/siryo01/index.htm

会合では委員から、原子力事故の損害賠償に関わる国の役割や事業者の責任範囲を明確化するよう求める意見が相次いだとされる。

次の原発事故が起きても、電力会社は一定額の保険にさえ入っていれば、それ以上の責任を問われない法的仕組みを作ろうとしているのである。そんな制度を作れば、深刻な原発事故を起こしても、電力会社の経営には何の影響もないこととなる。

まず、この部会には原子力事業者と保険関係者などが集められている[1]が、このような重大な事項について議論する会合の場に、事故の被害者や今後の事故の潜在的な被害者というべき全国の原発立地地域住民の代表が選ばれていないし、何人かの弁護士は委員に選ばれているが、被害を受けた住民の委任を受けて損害賠償の実務に当たっている弁護士も選ばれていない。

場の設定そのものが公正なものとなっていないと言わざるを得ない。このような検討を通じて、原発事故被害を防止できる、公正な損害賠償制度が提案されるかどうか、極めて疑わしい。

原子力損害賠償制度専門部会の構成を原発事故被害当事者とその法的救済に当たっている専門家(被害者側代理人)の意向が十分に反映されるものに改善するべきであり、このような措置が講じられることなく出されたいかなる提言にも正当性は認められない。

 

第2 福島原発事故に関する損害賠償の現状

1 原子力損害賠償法の概要

 原子力損害賠償法は原子力事業者に無過失・無限の賠償責任を課すとともに、4条1項は、その責任を原子力事業者だけに限定する責任集中の原則を採用している。原子力機器のメーカーは設計上のミスがあったとしても責任を負わないとされている。そして4条3項は「製造物責任法の規定は適用しない」と規定して製造物責任を認めていないのである。

 賠償責任の履行を迅速かつ確実にするため、原子力事業者に対して原子力損害賠償責任保険への加入等の損害賠償措置を講じることを義務付けている。賠償措置額は原子炉の運転等の種類により異なるが、通常の商業規模の原子炉の場合の賠償措置額は1200億円とされていた。賠償措置額を超える原子力損害が発生した場合に、国が原子力事業者に必要な援助を行うこととしている。

 電力会社は「原子力損害賠償責任保険」を保険会社と結び、また、国と「原子力損害賠償補償契約」を結ぶことになっている。事業者の責任が免ぜられた損害や保険限度額を超えた場合は、国が被害者の保護のために必要な措置をとることとなっている。賠償措置額については、2009年(平成21年)の原賠法の改正により、現在1サイトあたり最高1200億円となり、適用期間が10年間(2019年末まで)に延長されている。

2 原子力損害賠償支援機構法

 2011年8月3日に原子力損害賠償支援機構法が国会で成立した。政府が東京電力の損害賠償支払いを保障するシステムが内容である。

この法案は、民主党提案の段階では、機構が公債を発行し、その換金を機構に許すことなどで損害賠償資金を調達しようとする構想となっていた。自民・公明両党との修正協議を経て成立した修正案では、国は原子力政策を推進してきたことに伴う社会的な責任を負っていることに鑑み、機構が目的を達することができるよう、万全の措置を講ずるものとするとされた(2条)。公債発行だけでなく、政府による直接の資金交付も盛り込まれ(51条)、一私企業の損害賠償としては異例のスキームとなっている。

同法の衆議院における法案可決に至る過程において、民主党、自民党及び公明党の修正協議により、国の責任を明確化する条項が設けられた(修正後の法案第2条)一方、法律の施行後できるだけ早期に原子力損害の賠償に関する法律(以下「原子力損害賠償法」という。)等の改正等の抜本的見直しをはじめとする必要な措置を講ずるとする条項(修正後の法案附則第6条第1項)が設けられ、さらに原子力損害賠償法第3条等の検討、見直しを1年以内を目途に行う旨の附帯決議が採択された。

3 東京電力の実質国有化

支援機構は、2012年7月には、東京電力が発行した優先株式を引き受けるかたちで、同社に対して1兆円を出資した。議決権ベースで国は過半数強を有する筆頭株主(支配株主)となっている。これにより、東京電力は同機構を介して実質的には国有化されている。

4 損害賠償のために支出された費用

 また、支援機構は、事業者(東京電力)への資金援助として、2011年11月15日 以降2014年12月までに既に44252億円が支出されている。

 損害賠償と事故対策の費用の総額は、見通しがつかないが、2014年3月までの損害額は、2014年3月20日にNHKが報道したところによると、この3年間で福島第一原発事故の損害額は約11兆円に達しているとされている。総額は更に増え続ける見通しである。

第3 あるべき損害賠償の枠組み

1 原子力損害賠償制度の問題点

 原子力発電所の破滅的な事故による損害額はチェルノブイリ事故や今回の福島第1原発事故を見てもわかるとおり、国家予算にも匹敵する天文学的な額に達する。にもかかわらず、電気事業者はわずかな金額の損害保険契約を締結することしか求められず、それ以上の損害の補償は免責事由がなければ電力会社の責任ではあるが、その補償のための保険は付けられておらず、国の援助頼みの制度設計となっている。この制度全体の合理性は大いに疑わしい。

2 支援機構法の問題点

 日弁連は、福島原発事故の後、原子力損害賠償支援機構法の制定前の2011年6月17日付けで「福島第一原子力発電所事故による損害賠償の枠組みについての意見書」を公表している。

同意見書では、事故による損害賠償の枠組みについて,東京電力の現有資産による賠償がまずなされることが基本とされるべきであるとの意見を公表している。そして、それで不足する部分については被災者の支援のために国が上限を定めず援助する法律上の義務があるとの原則を確立すべきである。まずは重大な事故を引き起こした東京電力の責任を明確にし,可能な限り東京電力の現有資産から損害賠償の原資を捻出することで,国費すなわち税金や電気料金の値上げによる国民負担をできる限り少なくしなければならない。「原子力発電における使用済み燃料の再処理等のための積立金の積立て及び管理に関する法律」(2005)に基づく再処理積立金なども再処理政策の停止が迫られる中で、損害賠償の原資に充てることが模索されてよい。発送電の分離、送電会社の国有化によって国が東京電力に支払う買い取り資金も損害賠償の原資となりうる。機構法の附則6条2項には、株主その他の利害関係者の負担の在り方を含め、国民負担を最小化する観点からの必要な措置を早期に講ずることとされているが、この機構法の重点は現状における東京電力の経営形態を温存し、関係する金融機関や株主らの利益を守ることに重点が置かれており、その基本には重大な疑問があることを指摘していた。

3 2014年原子力損害賠償法改正の問題点

2014年8月にまとめられた日弁連「「原子力損害の賠償に関する法律」の改正に関する意見書」においては、「本来,汚染者負担の原則に従い,原子力事業に起因する損害賠償コストは原子力事業者及び原子力機器メーカーにおいて自ら負担すべきである。にもかかわらず,原子力事業者の損害賠償責任が限定され,事業者が過失によってこのような結果をもたらしても損害賠償金の支払いによる経営破綻リスクを負わず,原子力機器メーカーも何らの責任を負わないことは,原子力事業者及び原子力機器メーカーのモラル・ハザードを招き,事故防止に対する責任ある取組がおろそかになるおそれがある。

よって,(1)原賠法の目的は,もっぱら「被害者の救済」とすべきであって,「原子力事業の健全な発展」は,原賠法の目的から削除すべきであり,(2)無限責任を有限責任に制限すべきではなく,原子力機器メーカーに対する賠償責任を明記し,原子力事業者及び原子力機器メーカーによってその全ての損害が賠償されること,また,この損害賠償義務の履行を担保する制度を充実させる方向での改正がなされるべきである。「原子力損害の補完的補償に関する条約の締結は,原子力事故の被害者保護に欠けるので,原子力機器を輸出するために同条約を締結するべきでない。」との意見をまとめている。

第4 有限責任制=事業者による賠償打ち切り制導入の動き

1 有限責任導入の動き

原子力損害賠償支援機構法の附則6条1項には原子力損害賠償報の改正等の抜本的な見直しをはじめとする必要な措置を、できるだけ早期に(付帯決議には一年以内と明記)講ずるものとされた。当時から原子力損害賠償法3条1項の原子力事業者の無限責任を有限責任に制限しようとする法改正が企図されていたが、事故被害者と他の原発周辺住民の反発が強く、今日まで具体的な提案は見送られてきた。

2 2014年原子力損害賠償法改正時の議論

政府は,2014年6月12日,原子力損害賠償制度の見直しに関する副大臣等会議を開催し,2014年4月11日に閣議決定されたエネルギー基本計画(以下「エネルギー計画2014」という。)を踏まえ,原子力損害賠償支援機構法附則第6条に規定する原子力損害賠償制度の見直し,2014年内の原子力損害の補完的補償に関する条約(以下「CSC条約」という。)の締結及び関連法案の国会提出に向けた作業をはじめた。

この会議には原賠法を所管する文部科学省に加え、経済産業省などの副大臣クラスが出席した。座長は世耕弘成官房副長官であり、「これから事故が発生した際の賠償のあり方を検討する。福島の賠償には影響ない」と述べたとされる。

 この場で議論された見直しのポイントは3点である。電力会社など原子力事業者の賠償責任が免除されるケースを明確にすることだ。同法は「異常に巨大な天変地異や社会的動乱」が起きたときの免責を定めているが、具体的にどのようなケースに適用されるのか、あいまいだ。2点目は、賠償金支払いに備えた「原発保険」の支払上限額を引き上げることだ。原賠法は事故に備えて事業者に保険加入を義務づけているが、支払い上限は1200億円で東電の賠償金よりも遥かに低額だ。3点目は、事業者が過失の有無にかかわらず無限責任を負う規定の見直しだ。米国は約1兆2800 億円、ドイツは約3500億円と、海外では賠償額に上限がある。電力会社から「賠償が青天井では原発を再稼働するリスクが大きすぎる」との声が上がっており、今回の検討はこのような声に応えるためのものとされている。

3 CSC条約批准時の議論

 (1) CSC条約の概要

CSC条約は,原子力事故の発生時に,事故発生国の責任限度額(3億SDR,約468億円)を超えた場合,加盟各国の原子力設備容量及び国連分担金割合に応じて算出された補完基金を拠出し,これを提供するというものである。同条約は,①原子力事故時の損害項目を限定し,②責任限度額を超える損害額については締結各国からの拠出金により補完され,③原子力事業者のみが賠償責任を負い(責任集中),④損害賠償の除斥期間を原子力事故時から10年とし,⑤国境を超える損害発生時には損害賠償請求に関する裁判を事故発生国においてのみ行うこと(裁判管轄権の集中)を主な内容とするものである。

2014年の批准当時には、政府は,いまだ発効していないCSC条約への加盟の準備を進める理由として、アメリカがCSC条約を批准したことから,同条約の発効を促進し,アジア等での原発輸出を図ろうとするものと説明してきた。しかし、CSC条約には,以下のとおり多くの問題があり、2014年8月にまとめられた「「原子力損害の賠償に関する法律」の改正に関する意見書」において次のように指摘し、その締結に反対する意見を述べた。

(2) 損害項目の限定

CSC条約では,損害項目が「死亡又は身体の損害」,「財産の滅失又は毀損」,「経済的損失」,「回復措置費用」,「防止措置費用」に限定されており(I条(f)),これらの損害項目には,いわゆる風評被害や精神的損害(慰謝料)は含まれない可能性がある。また,「回復措置費用」及び「防止措置費用」は「権限ある当局」が承認したものに限られており,「回復措置費用」は実際に執られたか,執られる予定のものに限られるため,例えば,国が除染対策を怠っていれば賠償されないことになるおそれがある。

このように,日本法では,回復措置の有無や,権限ある当局による承認の有無にかかわらず,事故と相当因果関係にある損害が賠償範囲であるが,CSC条約締結により,原子力損害の賠償が現行法の賠償内容より狭い範囲に限定されるおそれがある。

(3) 責任限度額の設定

CSC条約の責任限度額は3億SDR(約468億円)であり(III条1項),条約の補償額は,福島第一原発事故による損害を踏まえると,到底足りない。しかも,CSC条約の責任限度額は,現行の原賠法の賠償措置額である一事業所当たり1200億円よりも相当低い金額である。また,各国からの拠出金の合計は,2011年の試算によれば,CSC条約加盟国に日本の他,中国及び韓国を加えた場合であっても,総額約211億円ないし296億円程度であり,各国からの拠出金によっても,実際の原子力損害をカバーするものではない。

さらに,CSC条約の責任限度額を超える部分は各国の拠出金から補てんされることになっていることから,原賠法も有限責任に改正されることが懸念される。

(4) 責任集中主義による原子力機器メーカーの免責

原賠法における責任集中主義によって原子力機器メーカーが製造物責任を免れていることは,その正当性が批判されている。福島第一原発事故の原因も未解明な状態で,日本の原子力機器メーカーが損害賠償責任を負わないことを利点として,損害賠償金支払いによる経営破綻のリスクを負わずに原発輸出を進めることの正当性は見い出し難い。

(5) 短い除斥期間

CSC条約での除斥期間は原子力事故の日から10年と短い(付属書第9条第1項)。国内法でより長い除斥期間を定めている場合,「保険,その他の資金的保証又は国の基金により補填される場合」には,その期間まで延長され得るが,現在の科学的知見では,低線量被ばくによる健康被害の晩発性がほぼ判明しており,かかる遅発性,晩発性損害については民法上の20年の除斥期間(民法第724条)の改正も議論されているところである。

(6) 事故発生国に裁判管轄権を集中

他国で発生した原子力事故について,裁判管轄を原子力事故の発生国に集中させており,日本在住の原子力事故の被害者は,国内で訴訟を提起できない(XIII条)。また,準拠法は管轄裁判所の法とするため(XIV条),裁判管轄地の損害賠償法制が救済内容として不十分であった場合は,日本在住の被害者に十分に救済されないこととなる。

(7) 小括

このように,政府によるCSC条約の締結準備は,原発輸出を推進しようとする一環でなされているものであり,条約の内容は,国内の原子力事故における賠償を限定し,原子力事業者や原子力施設メーカーの責任を軽減することになることが危惧される。」

第5 モラルハザードを引き起こし次の事故を準備する有限責任の導入に強く反対する

1 有限責任の導入は、究極のモラルハザードを引き起こす

日弁連は、2011年7月29日付の「原子力損害賠償支援機構法案成立に際し賠償負担額に上限を設けるとの趣旨の附帯決議を行うことに反対する会長声明」において、有限責任制度の導入に対して強く反対した。

 すなわち、無限責任を限定することとすれば、電気事業者はその賠償措置額を賠償するための損害保険契約を締結することしか求められず、どのような重大事故が発生したとしても、それ以上の損害の補償を求められることはない。原子力発電以外に、安全なエネルギーの供給方法があるにもかかわらず、なぜ民間企業の事業にすぎない原子力発電にこのような優遇策を講ずる必要があるのか、合理的な説明は不可能である。ドイツでは過去、有限責任を定めていた原子力損害賠償制度が改正され、無限責任に転換されている。

もし、国が無限責任を負うとしても、原子力事業者の無限責任を否定することは、電気事業の市場の自由化が展望される中で、原発の事故リスクを国が肩替わりすることとなり、再生可能エネルギーや天然ガスなどの様々なエネルギー供給業者間の公正な競争条件を阻害することが明らかである。

また、国が無限責任を負わないとすれば、将来、原子力発電所事故が生じた場合にその被災者が本来得られるべき損害賠償額が、定められた賠償負担の上限額によっては、失った財産価値に全く見合わない賠償しか受けられなくなり、被害救済が十分に図られなくなるおそれがある。

いずれにしても、原子力事業者にとっては深刻な事故を起こしても倒産の危険はないこととなり、原子力災害に対する厳格なリスク評価がされないというモラルハザードをもたらし、ひいては原発事故防止のための対策がおろそかになる危険性すらある。

このように、このような法改正は焼け太りもいいところで絶対に容認できない。

2 原子力発電だけを優遇する法制度に経済的な合理性はない

 原子力損害賠償法を改正するとすれば、責任集中は無過失責任を認めることとセットで導入されたものであるから、少なくとも福島原発事故の場合のように、過失責任を問いうる場合については責任集中の原則そのものの廃止することを展望に入れた改正を行うべきである。そして、原子力発電に関与したものすべてがメーカーも電力会社の取締役個人も民法・会社法の原則にしたがって、責任を分かち合うという普通のビジネスモデルのもとで、原子力発電が経済的なシステムとしても成立しうるものであるかどうかを厳しく検証する必要がある。実際に事故が起きた状況の下で、国が被害者救済のために経費を支出することには、原子力開発を国策として進めてきたという事実に照らしても、一定の合理性が認められる。しかし、事故をひとたび発生させれば、これだけの損害賠償を余儀なくされているという状況の下で、原子力発電を継続するというビジネスには、これだけのリスクがあり、それを織り込んでも継続するという経済合理性がなければこのようなビジネスはやめるべきであり、国による援助を織り込んだ損害賠償なのだ。

 この法律を廃止し、原子力発電の危険性の全体金額を保証するために保険会社がいくらの保険料を電力会社に要求するか、自由な保険市場に委ねてみるべきである。再生可能エネルギーや天然ガスなど、さまざまなエネルギー間の公正な競争条件を整備するためにもこのような法制度は有害無益であり、今後予定されている原子力損害賠償法の見直しの過程では、過失責任を問いうる場合には責任集中の原則を廃止することを検討するべきである。

3 完全賠償を実現するための制度の改正こそ急務

2013年人権大会においては、福島第一原子力発電所事故被害の完全救済及び脱原発を求める決議が採択され、この中で、

「当連合会は、国に対して、次の諸点を強く要請する。

 1 国は、本件事故の加害者であることを認識し、本件事故のあらゆる被害を完全に回復するため、以下の措置をとること。 

(1) 被害者が従来営んできた生活を、原状回復することを基本とし、既に顕在化している被害については、東京電力とともに、完全かつ早急に救済すること。
 また、東京電力に対し、原子力損害賠償紛争解決センター(以下「原紛センター」という。)の提示した和解案については、これを尊重し、迅速かつ誠実に履行するよう強く指導すること。

(2) 本件事故による被害は、家族の分断など生活環境の破壊、ふるさとの喪失、地域ブランドの喪失など多岐にわたる、深刻かつ継続的なものであり、また、被害者がその被害を訴えることには様々な障害があることを踏まえ、継続的な被害調査を行い、それを踏まえた損害賠償の指針の見直しを行うこと。

(3) 本件事故の損害賠償請求権については、民法上の消滅時効(民法第724条前段及び同法第167条第1項)及び除斥期間(民法第724条後段)の規定を適用せず、消滅時効に関する特別措置法を、可能な限り早期に、遅くとも本年末までに制定すること。

(4) 東京電力から、原子力損害の賠償に関する法律に基づき、被害者に支払われる損害賠償金は、相当部分が現行の各種税法上、課税対象とされる可能性があるため、非課税とするべく特別の立法措置を講ずること。」

を求めた。このような提言は、現在の無限責任制度を前提としたものであり、有限責任制度を導入することとは正反対の方向性である。

第6 結論

 よって、我々は、福島原発事故は、電気事業者の過失に基づいて発生した人災であり、被害者に対する完全な賠償が行われるべきであるという認識に立ち、このような事故を二度と繰り返させないために、原子力損害賠償制度において、事業者に対する有限責任制度を取り入れることに強く反対する。

 また、原子力損害賠償制度専門部会の構成を原発事故被害当事者とその法的救済に当たっている専門家(被害者側代理人)の意向が十分に反映されるものに改善するべきである。


 

[1]原子力損害賠償制度専門部会構成員

伊藤聡子フリーキャスター

遠藤典子 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任教授

大塚直早稲田大学法学部教授

大橋弘東京大学大学院経済学研究科教授

加藤泰彦日本経済団体連合会資源・エネルギー対策委員会共同委員長

鎌田薫早稲田大学総長

木原哲郎日本原子力保険プール専務理事

崎田裕子NPO法人持続可能な社会をつくる元気ネット理事長ジャーナリスト・環境カウンセラー

清水潔明治大学研究・知財戦略機構特任教授

住田裕子エビス法律事務所弁護士

高橋滋一橋大学大学院法学研究科教授

辰巳菊子公益社団法人日本消費生活アドバイザー・コンサルタント・相談員協会常任顧問

西川一誠福井県知事

濱田純一前東京大学総長

又吉由香モルガン・スタンレーMUFG証券エグゼクティブディレクター

森田朗国立社会保障・人口問題研究所所長

山口彰東京大学大学院工学系研究科原子力専攻教授

山本和彦一橋大学大学院法学研究科教授

四元弘子森・濱田松本法律事務所弁護士

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