原子力発電所の安全指針類の見直しについての意見書

2013年1月21日

以下、脱原発法制定全国ネットワークの院内集会においても、報告いたしました。

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2013年1月25日脱原発法制定全国ネットワーク院内集会「今こそ、脱原発法制定を!」


2013年1月23日

原子力規制委員会 委員長 田 中 俊 一 殿
内閣総理大臣       安 倍 晋 三 殿
環境大臣         石 原 伸 晃 殿

        脱原発弁護団全国連絡会 共同代表 弁護士 河 合 弘 之
                   同   弁護士 海 渡 雄 一
               弁護団員 弁護士 青 木 秀 樹
          (連絡先) 事務局長 弁護士 只 野   靖
  〒160-0022 東京都新宿区新宿1-15-9
  さわだビル5階 東京共同法律事務所
  電話 03-3341-3133 FAX 03-3355-0445

福島原発事故は安全審査指針が不十分であり,かつ,安全審査も不十分であったために起きたものである。
原子力規制委員会は,現在,福島原発事故を踏まえて,各種安全指針類及び技術基準を見直しており,2013年7月をめどに取りまとめることとされている。
脱原発弁護団全国連絡会は,国内の原発の運転差止・設置許可取消訴訟等を担う弁護団・弁護士の全国連絡組織であり,原発の再稼働を阻止し,すべての原発を廃炉にすることを求めている。我々が主張しているとおり,すべての原発が再稼働せず廃炉になるのであれば,以下に述べるような安全審査指針類の改訂も,もはや無用のものとなる。
しかしながら,現実には,原子力規制委員会によって,安全審査指針類の改訂は急ピッチで進められており,再稼働に向けた手続きが粛々と進められている。かかる現状はまことに拙速というほかなく,また,その内容も極めて不十分である。
そこで,本意見書では,かかる現状を踏まえて,福島原発事故のような事故は二度と繰り返してはならないという観点から,指針類改訂において考慮されなければならない視点についての意見を述べるものである。

意見の趣旨

1 指針見直しのスケジュール及び大飯3,4号機の停止について
2013年7月までの指針改定を自己目的化してはならない。福島原発事故の事故原因を究明し,必要な改訂をすべて行い,改訂安全指針類によるバックフィットを厳格に行うという基本方針を確立することが第一である。拙速な指針改定のタイムスケジュールを白紙に戻すべきである。
現在稼働中の大飯3,4号機は,安全性が確認されていないため,当然,他の原発と同様に停止させておくべきである。

2 立地審査指針について
(1)万が一の事故が起きても周辺に放射線被害を及ぼさない立地条件を厳格に適用できる指針に改訂すべきである。
(2)要求される非居住区域,低人口地帯の範囲を,現実に発生した福島原発事故を踏まえて広域なものに見直すべきである。
3 安全評価指針について
自然現象を原因とする事故であれば,多数の機器に同時に影響を及ぼすのであるから,異常状態に対処するための機器の一つだけが機能しないという仮定は非現実的であり,一つの安全機能にかかる全ての機器がその機能を失うことを仮定して安全評価がなされるよう,安全評価指針を見直すべきである。

4 安全設計審査指針について
単一故障指針は,機器の多重性又は多様性及び独立性により安全が確保されるという考え方と表裏をなすものである。しかし,機器の多重性又は多様性及び独立性があったところで,特に自然現象のもとでは,全てが同時に故障することはあり得るのであって(共通原因故障),その場合には安全性が確保できない。この自明のことに目をつぶった指針は誤りである。安全設計審査指針は,福島原発事故での地震・津波被害のように,同時故障を想定した上で安全性を確認するべきである。

5 耐震設計審査指針について
2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震をふまえ,過去の歴史地震にとらわれることなく,これまでの地震・津波に関する知見に基づき,可能な限り安全側に立って,耐震設計審査指針を根本から見直すべきである。すなわち,活断層については,活動時期を過去40万年前以降とする,調査範囲を原子炉敷地から半径30㎞からさらに延長する,活断層が完全否定されないかぎり活断層とみなす,想定すべき地震と津波のレベルについて,震源域内のパラメータを可能な限り厳しくした想定をするなど,耐震設計審査指針を根本から見直すべきである。
さらに,そのようにして想定した地震・津波を超える地震・津波が発生することがあり得るのであるから,さらに安全側に立った地震・津波を想定する指針を策定すべきである。

6 重要度分類指針について
地震時の共通原因故障発生を踏まえ,重要度分類指針を見直し,とりわけ外部電源の信頼性を向上させ,重要度分類クラスⅠ,耐震性能Sクラスにすべきであり,また非常用電源系統だけでなく,重大事故時の対応上に必要な構築物,系統及び機器全体を重要度分類クラスⅠ,耐震性能Sクラスに格上げすべきである。

7 シビアアクシデント(過酷事故)対策について
(1) 必要なシビアアクシデント(過酷事故)対策は全て要求する指針を制定し,そのシビアアクシデント(過酷事故)対策がなされていない原発は再稼働させてはならない。
(2) 安全確保のための安全指針として第一に重要なのは,「放射性物質の環境への多量の放出を確実に防止する」という3層までの安全規制である。シビアアクシデント(過酷事故)対策を法規制化することは望ましいが,シビアアクシデント(過酷事故)対策を十分に行えば,確実に安全が確保される訳ではない。
従って,設計基準事故の対象を拡大して安全指針を強化しなければならず,設計基準事故をそのままにして,シビアアクシデント(過酷事故)対策で危険性が回避できるなどと考えることは誤りである。

8 原子力災害対策指針について
  福島原発事故の教訓を踏まえた上で,原子力災害対策重点区域,想定事故,包括的判断基準を検討し直すべきである。そして,各原子炉についての緊急時対応計画を原子炉立地審査指針によって審査し,不十分であると判断されるものについては原子炉停止等必要な措置を命じるべきである。
 意 見 の 理 由
目次
第1 はじめに 3
第2 立地審査指針について 4
第3 安全評価指針について 6
第4 安全設計審査指針について 8
第5 耐震設計審査指針について 9
第6 重要度分類指針について 10
第7 シビアアクシデント(過酷事故)対策について 11
第8 原子力災害対策指針について 13

第1 はじめに
1 原子力規制委員会のこれまでの活動について
敷地内の活断層問題についての原子力規制委員会の活動には多くの市民が注目している。政治的な圧力に負けないで,科学的な議論を貫いて欲しい。あらたに政権に着いた自民党内では,活断層調査を進める委員会に不快感を表明し,委員の差し替えなどが論議されているとも伝えられている。このような政治的圧力から独立して活動するため,原子力規制委員会には大きな制度的独立性が付与されている。
自民党は原発の安全性については原子力規制委員会の判断に委ねるとした公約を守り,政治的な圧力をかけるようなことは厳に慎むべきである。

2 指針類改訂のスケジュールを見直すべき
一方で,原子力規制委員会では,新指針改訂の作業が突貫工事のように行われている。
福島原発事故で明らかになったのは,地震・津波の対策が不十分であったという事実だけではなく,日本の原子力安全規制全体が世界から数十年単位で取り残されていたという事実である。
  改正原子炉等規制法は,バックフィット制度を定め,再稼働のためには新たな指針に合格することを求めている。
しかし,ここでは可能な対策だけを講じて,再稼働を急ぐという方針が採用されているようにみえる。
  従来の指針類は,質・量ともに欧米の水準には遠く及ばないものであった。巨大複合機械で重大な潜在的危険性を有する原子力発電所の安全性を「世界最高水準」にまで高めるために必要不可欠な指針類の改訂が,わずか1年程度で行えるはずがない。2006年9月19日付耐震設計審査指針は,改訂に約5年の歳月を要していることからしても,このことは明らかである。
2013年7月までの指針改定を自己目的化するのではなく,必要な改訂はそれに見合う必要な時間をかけて行うという基本方針を確立し,拙速な指針改定のタイムスケジュールを白紙に戻すべきである。
  そして,この作業の中では,本意見書において述べる以下のような根本的な指針改定もタブー視することなく,実施していくよう求める。

3 大飯3,4号機の再稼働には安全上の根拠が欠落している
関西電力株式会社は,国の承認のもと,2012年7月に,大飯原発を再稼働させた。
しかし,大飯原発については敷地内の重要な施設の直下に活断層の存在が指摘されている。この点については,現在も原子力規制委員会の審査中であるが,現行の耐震設計審査指針によれば,活断層ではないとは言えない場合は活断層と判断すべきであるとしており,大飯原発は危険な原発であって,稼働は到底認められない。
福島原発事故を踏まえれば,現在の耐震設計審査指針より厳しい基準になることは明らかであるが,改訂された指針類に対して,既存の原発がそれを満たしているか否かの確認には,更に時間を要する。その結果が出るまでは大飯原発を稼働してよいとする理由は全く存在しない。
関西電力株式会社は,自らの判断で,稼働中の大飯原子力発電所を直ちに停止するべきであるし,原子力規制委員会及び経済産業大臣は,関西電力株式会社に対して,稼働中の大飯原子力発電所の停止を直ちに命ずるべきである。

4 本意見書の構成
以下,現行の個別の重要指針,具体的にいえば,立地審査指針,安全評価指針,安全設計審査指針,耐震設計審査指針,重要度分類指針,シビアアクシデント(過酷事故)対策指針,原子力災害対策指針について,それぞれの不合理性と改訂に当たって考慮されるべきポイントについて指摘し,意見を述べることとする。

第2 立地審査指針について
1 不適立地が確実に排除できる基準に
(1)立地審査指針とは
立地審査指針は,万一の事故の場合でも公衆の安全を確保できるような立地であるか否かを判断する指針である。立地審査指針は,そのために,原則的な立地条件として以下の3つの立地条件を必要としている。
① 大きな事故の誘因となるような事象が過去においてなかったことはもちろんであるが,将来においてもあるとは考えられないこと。また,災害を拡大するような事象も少ないこと。
② 原子炉は,その安全防護施設との関連において十分に公衆から離れていること。
③ 原子炉の敷地は,その周辺も含め,必要に応じ公衆に対して適切な措置を講じうる環境にあること。

   立地条件①の「大きな事故の誘因となるような事象が過去においてなかったことはもちろんであるが,将来においてもあるとは考えられないこと」は当該立地の環境に関する全ての事象を対象としていると解され,原子炉施設が外的事象によって大きな事故が引き起こされることがないような場所に立地されることを要求していると解される。
   外的事象に関しては,安全設計指針において,「指針2:自然現象に対する設計上の考慮」「指針3:外部人為事象に対する設計上の考慮」が規定され,地震・津波に関しては,耐震設計指針が規定されているが,それらは安全性を確保するための設計指針であるのに対し,立地指針における上記立地条件は,立地環境そのものの適否を定めている。
   この立地条件①を素直に読めば,例えば何億年も安定した地盤で,大地震も大津波も火山活動も大型台風の襲来も無しというような安全な自然環境の土地であることが求められていると考えるべきである。

(2)不明確な判断基準
   しかし,安全な立地条件であることを具体的に判断する指針とするためには,大きな事故とはどのような事故か,誘因となる事象とはどのような事象か,過去とはどの範囲を指すのか,を明らかにする必要があり,また,将来においてもあるとは考えられないとは,どのようにして判断するのかも明らかにする必要がある。
   現在は,これらの内容が定められておらず,この立地条件を満たしているか否かの判断ができない状態である。全ての設置許可がなされた原発は,立地指針による審査がなされていることになっているが,指針に欠落がある状態で審査されたものであり,各原発は実際には何ら立地の適否が判断されていないというべきである。

(3)不適地が立地から排除できる指針に
   福島原発事故で明らかになった福島第一原発の立地は,例えば貞観地震のように,過去において大きな事故の誘因となるような事象があり,東北地方太平洋沖地震のように,将来において大きな事故の誘因となるような事象が発生する立地であり,明らかな不適地であった。その立地が不適地であることを見逃すことを可能にしたのは,立地条件で審査すべき内容が欠落しているからである。
   立地が不適地であることを見逃さずに判断できる指針を具体的に策定して審査しなければならない。

2 達成目標は最低でも福島事故の現実を踏まえたものに
(1)立地指針により達成すべき目標
 立地指針により達成すべき目標としては,
a 敷地周辺の事象,原子炉の特性,安全防護施設等を考慮し,技術的見地からみて,最悪の場合には起こるかもしれないと考えられる重大な事故(以下「重大事故」という)の発生を仮定しても,周辺の公衆に放射線障害を与えないこと
b 重大事故を超えるような技術的見地からは起こるとは考えられない事故(以下「仮想事故」という)の発生を仮想しても,周辺の公衆に著しい放射線災害を与えないこと
c 仮想事故の場合には,集団線量に対する影響が十分に小さいこと
が掲げられ,審査対象とされている。
この目標達成のために,重大事故の場合を想定してある距離の範囲を非居住区域にすること,仮想事故の場合を想定して非居住区域の外側のある距離の範囲を低人口地帯にすること,原子炉施設が人口密集地帯からある距離だけ離れていること,が必要とされている。
   ある距離の範囲に放出される放射線量のめやす線量は,
重大事故の場合は 甲状腺(小児)に対して 1.5Sv
           全身に対して      0.25Sv
仮想事故の場合は 甲状腺(成人)に対して 3Sv
全身に対して      0.25Sv
であり,これ以下にならなければならないとされている。
そして,「立地指針で規定している『非居住地域』『低人口地帯』の範囲は,わが国の原子力発電所のほとんど全ての場合,原子炉施設の敷地内に包含されているので,設置許可上必要な原子炉の安全性は,原子炉施設の敷地内で確保されている」(安全審査指針の体系化について平成15年2月原子力安全委員会)と解釈され,運用されてきた。

(2)福島原発事故の現実と矛盾
 しかし,福島原発事故で明らかになったことは,立地評価において想定されている事故が過小であり,現実に起きた重大事故では,これらの離隔要件が満たされていなかったということである。
すなわち,福島原発事故において福島第一原発の敷地境界における2011年4月1日~2012年3月末日までの1年間の積算線量で一番値が高かったモニタリングポストの線量は0.956Svであり,めやす線量0.25Svを遥かに超えている。
しかも,福島原発事故のこの積算線量は,事故直後の非常に高い線量が除かれた数値であり,実際は更に高い線量である。
また,仮想事故において想定されている放射性物質の放出量は,例えば大飯原発では,ヨウ素が120テラベクレル(1.2×1014ベクレル),希ガスが8500テラベクレル(8.5×1015ベクレル)であるのに対し,福島第一原発事故では,ヨウ素131が160ペタベクレル(1.6×1017ベクレル),希ガスのキセノンが11エクサベクレル(1.1×1019ベクレル)で,一千倍から一万倍もの高濃度の放射性物質が実際に放出されている。他の原発で想定されている仮想事故における放射性物質の放出量は,押し並べて極端に少ない。

(3)前原子力安全委員長も誤りを認めた
これは,「例えば立地指針に書いていることだと,仮想事故だといいながらも,実は非常に甘々な評価をして,余り出ないような強引な計算をやっているところがございます」「敷地周辺には被害を及ぼさないという結果になるように考えられたのが仮想事故だと思わざるを得ない」(国会事故調における班目春樹元原子力安全委員会委員長発言会議録第4号8,9頁)からであり,指針における重大事故,仮想事故の評価の仕方が誤っているのである。
重大事故,仮想事故は,安全評価指針において規定されている。最低でも福島原発事故を想定できない事故評価は誤りであり,安全評価指針を改正した上で、全ての原発の立地評価をやり直す必要がある。

(4)安全評価指針における事故想定の過小性
安全評価指針における事故想定が過小となっている理由は,以下の点に求められる。
第一に,仮想事故で想定されている事故例が少なすぎ,重大な事故が除外されている。BWRで想定されている事故は,原子炉冷却材喪失,主蒸気管破断の二つだけで,PWRで想定されている事故は,原子炉冷却材喪失,蒸気発生器伝熱管破断の二つだけである。福島原発事故では,格納容器が破損している。少なくともこの想定をしていない指針は過小である。さらには,2011年3月14日11時01分の福島3号機爆発の場合,水素爆発に止まらず,使用済燃料プール核爆発の可能性も指摘されている。
第二に,その少ない事故例における事故の進展過程の想定において,放射性物質が外部に放出しないように安全設備が働くという仮定をおいているので,当然に少ない放射性物質の放出に抑えられている。例えば,原子炉冷却材喪失事故において「原子炉格納容器から原子炉建屋内に漏えいした核分裂生成物は,原子炉建屋内非常用ガス処理系で処理された後,排気筒より環境に放出されるものとする」という仮定がなされている。福島原発事故からすれば非現実的で,過小評価を導くため仮定である。
重大事故,仮想事故の過小評価を改めた安全評価指針に見直した上で立地評価を見直すべきである。その結果、不適切な立地にある原発は,再稼働させてはならない。

第3 安全評価指針について
1 現行の安全評価指針の概要
現行の安全評価指針は,異常状態においても,原子炉施設の構築物,系統及び機器が所定の機能が果たされて安全が確保されることを求めている。
すなわち,安全評価指針の目的は,
第1に,異常状態の解析,評価を行って,異常状態においても安全性が確保されるか否かを確認することである(安全設計評価)。
第2に,原子炉の立地条件の適否を判断する上で使用されている「重大事故」「仮想事故」を想定して,立地指針における離隔要件を満たしているか否かを確認することである(立地評価)。
異常状態とは,「運転時の異常な過渡変化」とそれを超える異常状態である「事故」を想定するが,その原因は,原子炉施設内にある,いわゆる内部事象をさし,自然現象あるいは外部からの人為事象については,これらに対する設計上の考慮の妥当性が,別途「安全設計審査指針」等に基づいて審査される。これら内部事象は,おおむね「重要度分類指針」にいう異常発生防止系(PS)に属する系統,機器等の故障,破損あるいはこれにかかる運転員の誤操作等によるものである。これらのうちから,原子炉施設の安全設計とその評価にあたって考慮すべきものとして抽出されたものを,「設計基準事象(DBE)」と呼ぶ。
一つのDBEと,これに関連する主として異常影響緩和系(MS)に属する系統,機器等の動作の状況,電源の状況等を組み合わせたものが,安全設計評価における「評価すべき事象」である。
安全機能については単一故障指針をとり,異常状態に対処するために必要な機器の一つが単一の原因によって所定の安全機能を失うことを仮定する。従属要因に基づく多重故障も含む。
立地評価における「重大事故」は,安全設計評価における「事故」の中から放射性物質放出の拡大の可能性のある事故を取り上げ,技術的に最大と考えられる放射性物質の放出量を想定する。「仮想事故」は「重大事故」として取り上げられた事故について,より多くの放射性物質の放出量を仮想した事故を想定する。
「重大事故」と「仮想事故」の想定においては,当該原子炉の基本構造,出力,その他の特性,安全防護施設(工学的安全施設)を含む安全上の対策等を適切に考慮する。

2 安全評価指針の欠陥
上記の現行の安全評価指針の決定的な欠陥は,設計基準事象の抽出,安全機能の仮定に,自然現象等の外部事象の考慮がなされていないことである。
事故は,様々な原因があり,事故の進展過程も様々である。福島原発事故は自然現象による事故であり,これを除外した安全評価指針は,安全評価の対象とする事象が,考えられる事象の一部に過ぎず,安全評価指針として欠陥がある。
現行の安全設計評価における事故原因は,「原子炉施設内にある,いわゆる内部事象をさし,自然現象あるいは外部からの人為事象については,これらに対する設計上の考慮の妥当性が,別途『安全設計審査指針』等に基づいて審査される」とされ,自然現象等の外部事象が除外されている。それでは安全評価の対象は一部にすぎず,安全性は確保されない。

3 安全評価指針の改訂の方向性
自然現象を原因とする事故であれば,多数の機器に同時に影響を及ぼすのであるから,異常状態に対処するための機器の一つだけが機能しないという仮定は非現実的であり,一つの安全機能にかかる全ての機器がその機能を失うことを仮定して安全評価がなされる必要がある。
福島原発事故で起きた全電源喪失は,単一故障指針では起きない仮定であり,このような全電源喪失が起きても炉心冷却が可能なような設計がなされていなければ,安全な設計とはいえない。
その他にも,甘い仮定のもとに安全設計評価がなされている部分は改訂しなければならない。例えば,事故時の制御棒の挿入について,地震によって全制御棒が挿入できない事態も考えられるのであるから,その場合でも安全に停止できる設計でなければならない。
「重大事故」「仮想事故」の想定が過小になされた指針であることが,福島原発事故で明らかになった。想定のどこに過小になる部分があったのかを検証し,「重大事故」「仮想事故」を見直し,立地評価をやり直さなければならない。

第4 安全設計審査指針について
1 安全設計審査指針とは
安全設計審査指針とは,安全確保の観点から,設計の妥当性を判断する際の基礎を示すことを目的とした指針である。
その指針に示された内容が誤っていて,安全確保の観点から不十分なものであれば,原子炉の安全確保はできない。

2 全電源喪失の想定失敗
福島原発事故で,明らかな誤りと指摘されたのは「指針27.電源喪失に対する設計上の考慮:原子炉施設は,短時間の全交流電源喪失に対して,原子炉を安全に停止し,かつ,停止後の冷却を確保できる設計であること」であり,長時間にわたる全交流電源喪失は考慮する必要はないとされていたことである。福島原発事故で,長時間の全電源喪失が発生して事故を招来したのであるから,この指針の誤りは明白である。

3 自然現象に対する設計上の考慮不足
指針として改訂を要するところは他にもある。
「指針2.自然現象に対する設計上の考慮」の「自然現象のうち最も過酷と考えられる条件」とは,対象となる自然現象に対比して,過去の記録の信頼性を考慮の上,少なくともこれを下回らない過酷なものであって,かつ統計的に妥当とみなされるものをいうとされている。
しかし,東北地方太平洋沖地震は,過去の信頼性のある記録という資料にはのっていない地震である。福島原発事故は,過去の信頼性のおける記録という限定された資料に基づき判断しているのでは,安全性が確保されないことを明らかにした。
   中央防災会議の「東北地方太平洋沖地震を教訓とした地震・津波対策に関する専門調査会 中間とりまとめ」(2011年6月26日)では,東北地方太平洋沖地震は,過去数百年間の地震では確認できなかった地震であり,このような地震を想定出来なかったことは,従来の想定手法の限界を意味していると述べ,「南海トラフの巨大地震モデル検討会 中間とりまとめ」(2011年12月27日)では,「地震・津波対策専門調査会の報告にあるとおり,今回の東北地方太平洋沖地震は,我が国の過去数百年間の資料では確認できなかった巨大な地震であり,過去数百年間に発生した地震・津波を再現することを前提に検討する従前の手法には限界がある。さらに,過去千年間程度より前に発生した869 年貞観地震のものと考えられる東北地方太平洋沖地震発生前の津波堆積物調査に基づいて推定された津波波源域及び地震の規模は,東北地方太平洋沖地震よりかなり小さかった(宍倉2011)(佐竹他2011)。このことは,現時点の限られた資料では,過去数千年間の地震・津波の記録だけに基づく地震・津波の震度分布・津波高の推定は難しく,仮にそれを再現したとしても,それが,今後発生する可能性のある最大クラスの地震・津波であるとは限らないことを意味している」と述べ,これまでの地震・津波の想定の考え方が根本的に間違っていたことを認めている。

4 単一故障指針だけでは安全性は確保されない
「指針9.信頼性に関する設計上の考慮:重要度の特に高い安全機能を有する系統は,その系統を構成する機器の単一故障の仮定に加え,外部電源が利用できない場合においても,その系統の安全機能が達成できる設計であること」とされている。
しかし,この単一故障指針では,共通原因故障に対応した安全性確保ができない。単一故障指針は,機器の多重性又は多様性及び独立性により安全が確保されるという考え方と表裏をなすものであるが,機器の多重性又は多様性及び独立性があったところで,全てが同時に故障することがあり,その場合には安全性が確保できないという自明のことに目をつぶった指針は間違った指針である。
さらに,外部電源が利用できない場合だけでなく,福島原発事故のように全電源喪失をした場合を想定した安全設計がなされなければならない。

第5 耐震設計審査指針について
1 耐震設計審査指針とは
  耐震設計上重要な施設は,敷地周辺の地質・地質構造並びに地震活動性等の地震学及び地震工学的見地から施設の供用期間中に極めて稀ではあるが発生する可能性があり,施設に大きな影響を与えるおそれがあると想定することが適切な地震動による地震力に対して,その安全機能は損なわれることがないように設計されることが要求され,施設の供用期間中に極めて稀ではあるが発生する可能性があると想定することが適切な津波によっても,施設の安全機能が重大な影響を受けるおそれがないことが要求されている。

2 東北地方太平洋沖地震が想定できなかった
東北地方太平洋沖地震により安全機能が重大な影響を受けたのは,耐震設計審査指針が機能しなかったからである。その要因は,これまでのプレート間地震・津波の考え方が過去数百年間の地震記録による検討という不十分な検討であったこと,現時点の資料では過去数千年間に発生した地震・津波を再現できるとは限らないこと,仮に再現できたとしてもそれが今後発生しうる最大クラスの地震・津波とは限らないことである。
「既往最大」を超えて地震・津波が発生すること,特に,それがこれまで予想のしようのなかった未知の現象としても発生しうることを前提とすることが求められており,この点を指針にも盛り込むことが必要である。
地震・津波で原子炉施設の機器,系統の安全機能が失われることはあり得ると考えなければならず,その場合の安全評価をする指針を策定すべきであり,安全評価の結果,安全が確保できない場合には,原発の建設,運転は認められないことを明記する必要がある。

3 現在の耐震設計審査指針が十分に守られていないことに鑑み,以下の点を具体的に指針に盛り込むべきである
  ① 地震動の想定において,平均像のみで想定をしないこと。仮に平均像によって想定した場合であっても,さらに応答スペクトルに基づく手法,強震動予測の手法,地震動伝播過程を含む地震動想定の全過程において,不確かさを最大限安全側に見込んだ想定を行なうこと。
    参考「断層モデルの高度化に関する検討」(2007年4月原子力安全基盤機構)
  ② 震源を特定せず策定する地震動について,断層モデルによって検討するにつき,想定する全ての断層モデルのうち,敷地にもっとも影響を与えるモデルを選定して,地震動を想定すること。その際にも用いる手法における不確かさを十分に考慮すること。
    参考「震源を特定せず策定する地震動の設定に係る検討に関する報告書」(2009年3月原子力安全基盤機構)

4 残余のリスクを極小にする指針を策定すること
現行の耐震設計審査指針(2006年)は,「地震学的見地からは」「策定された地震動を上回る強さの地震動が生起する可能性は否定できない。このことは、耐震設計用の地震動の策定において、「残余のリスク」(策定された地震動を上回る地震動の影響が施設に及ぶことにより、施設に重大な損傷事象が発生すること、施設から大量の放射性物質が放散される事象が発生すること、あるいはそれらの結果として周辺公衆に対して放射線被ばくによる災害を及ぼすことのリスク)が存在することを意味する。
したがって、施設の設計に当たっては、策定された地震動を上回る地震動が生起する可能性に対して適切な考慮を払い、基本設計の段階のみならず、それ以降の段階も含めて、この「残余のリスク」の存在を十分認識しつつ、それを合理的に実行可能な限り小さくするための努力が払われるべきである。」とした。
この耐震設計指針が指摘するとおり,地震・津波により原子炉施設の機器,系統の安全機能が失われることはあり得るのであるから,耐震設計指針で規定すべきことは,残余のリスクを出来るだけ少なくすることである。現在は残余のリスクは努力目標になっているだけで,その内容も定められていない。極小にしても大事故は起こるが,少なくとも
① 残余のリスクを極小にするための実証的方針を立てることと
② 実証的アプローチでは少なく出来ないリスクに対応するために,巨大地震・津波を想定すること
が必要である。
具体的には,
・例えば活断層については,活動時期を過去40万年前以降とする。
・調査範囲を原子炉敷地から半径30㎞からさらに延長する。
・想定した震源域内のパラメータを可能な限り厳しくした想定をする。
・地震動の想定において,平均像のみによって想定せず,最大の地震動を想定する。
・その他これまでの地震・津波に関する知見に基づき,可能な限り安全側に則った地震・津波を想定する指針を策定すべきである。
・そのようにしてもそれを超える地震・津波が発生することがあり得るのであるから,さらに安全側に立って最大限の地震・津波を想定して,安全性が確保できることを求める指針を策定すべきである。

第6 重要度分類指針について
1 重要度分類とは
原子炉施設の安全性を確保するために必要な各種の機能(安全機能)について,安全上の見地からそれらの相対的重要度を定め,これらの機能を果たすべき構築物,系統及び機器の設計に対して,適切な要求を課すための基礎を定めることを目的とする。
安全機能の性質に応じて,PS(Prevention System:異常発生防止系)とMS(Mitigation System:異常影響緩和系)に分類する。PSは,その機能の喪失により,原子炉施設を異常状態に陥れ,もって一般公衆ないし従事者に過度の放射線被ばくを及ぼすおそれのあるものであり,MSは,原子炉施設の異常状態において,この拡大を防止し,又はこれを速やかに収束せしめ,もって一般公衆ないし従事者に及ぼすおそれのある過度の放射線被ばくを防止し,又は緩和する機能を有するものとする。
そして,PSとMSに属する構築物,系統及び機器を,その重要度に応じて3クラスに分類し,設計上考慮すべき信頼性の程度を区分している。クラス1は,合理的に達成し得る最高度の信頼性を確保し,かつ,維持すること,クラス2は高度の信頼性を確保し,かつ,維持すること,クラス3は一般の産業施設と同等以上の信頼性を確保し,かつ,維持することを目標とする。

2 外部電源の現行の分類は最低ランク
   今回の福島第一原発事故で,福島第一原発の外部電源は地震の揺れで鉄塔倒壊,配電盤損傷等により全て喪失した。東海第二原発でも地震によって全ての外部電源を喪失した。
「重要度の特に高い安全機能を有する構築物,系統及び機器が,その機能を達成するために電源を必要とする場合においては,外部電源又は非常用所内電源のいずれからも電力の供給を受けられる設計であること」(安全設計審査指針48.電気系統)とされているとおり,外部電源は非常用電源と並列的にいずれかからの電気が供給される設計を要求される重要な系統である。
ところが重要度分類指針では,「PS―3(クラス3)に分類され,異常状態の起因事象となるものであって,PS―1(クラス1)及びPS-2(クラス2)以外の構築物,系統及び機器」に分類され,耐震設計上の重要度分類においても,Sクラス,Bクラス,Cクラスの分類のうち,最も耐震強度が低い設計が許容されるCクラスに分類されている。

3 原子力安全委員会も,外部電源の扱いに瑕疵があったことを認めている
「発電用軽水型原子炉施設に関する安全設計審査指針及び関連の指針類に反映させるべき事項について(とりまとめ)」(2012年3月14日原子力安全基準・指針専門部会 安全設計審査指針等検討小委員会)は,SBO対策に係る技術的要件の一つとして「外部電源系からの受電の信頼性向上」の観点を掲げ,「外部電源系は,現行の重要度分類指針においては,異常発生防止系のクラス3(PS-3)に分類され,一般産業施設と同等以上の信頼性を確保し,かつ,維持することのみが求められており,今般の事故を踏まえれば,高い水準の信頼性の維持,向上に取り組むことが望まれる」と述べ,現行の外部電源系に関する重要度分類指針の分類には瑕疵があることを認めている。

4 外部電源などを格上げすべきである
福島原発事故で,外部電源が地震の揺れによって喪失したことは明らかであり,かつ,外部電源が重要な施設であることは明らかである。外部電源は重要度分類指針のクラス1,耐震設計上の重要度分類のSクラスに格上げし,合理的に達成し得る最高度の信頼性を確保し,かつ,維持しなければならない。
地震時の共通原因故障発生を踏まえ,重要度分類指針を見直し,とりわけ外部電源の信頼性を向上させ,また非常用電源系統だけでなく,原子力発電所緊急時対策所,通信連絡設備,安全避難通路等重大事故時の対応上に必要な構築物,系統及び機器全体を重要度分類指針のクラス1,耐震性能をSクラスに格上げすべきである。

第7 シビアアクシデント(過酷事故)対策について
 1 シビアアクシデント(過酷事故)対策の法制化
   福島原発事故以前は,シビアアクシデント(過酷事故) 対策は,「シビアアクシデント(過酷事故)は工学的には現実的に起こるとは考えられないほど発生の可能性は小さいから,シビアアクシデント(過酷事故)対策は,安全規制の対象ではなく,原子炉設置者の自主的な取組とする」(1992年5月28日原子力安全委員会決定)ことになっていた。
2011年10月に原子力安全員会は1992年決定を取消し,また,2012年6月改正された原子炉等規制法では設置許可基準として「その者に重大事故(発電用原子炉の炉心の著しい損傷その他の原子力規制委員会規則で定める重大な事故をいう)の発生及び拡大の防止に必要な措置を実施するために必要な技術的能力その他の発電用原子炉の運転を適確に遂行するに足りる技術的能力があること」(同法43条の3の6第1項3号)と規定し,シビアアクシデント(過酷事故)対策が原子炉設置者の自主規制から,法規制に転化することになっている(但し、現時点では未施行である)。

2 シビアアクシデント(過酷事故)対策もバックフィットが必要
 原子力規制委員会は,「発電用原子炉施設の位置,構造若しくは設備が第43条の6第1項第4号の基準に適合していないと認めるとき,発電用原子炉施設が第43条の3の14の技術上の基準に適合していないと認めるとき・・・・・は,その発電用原子炉設置者に対し,当該原子炉施設の使用の停止・・・・・その他保安のために必要な措置を命ずることができる」(原子炉等規制法第43条の3の23)とされている。さらに,「発電用原子炉施設の位置,構造及び設備が核燃料物質若しくは核燃料物質によって汚染された物又は発電用原子炉による災害の防止上支障がないものとして原子力規制委員会規則で定める基準に適合するものであること」(同法第43条の6第1項第4号)を要求している。また,「発電用原子炉設置者は,発電用原子炉施設を原子力規制委員会規則で定める技術上の基準に適合するように維持しなければならない」(同法第43条の3の14)とされた。従って,災害の防止上支障がないとは認められないのであれば,原子力規制委員会は使用停止を命じることができる。
   これは新規制法によって導入されたバックフィット制度と呼ばれる制度であるが,シビアアクシデント(過酷事故)対策にもバックフィットは適用される。

3 シビアアクシデント(過酷事故)対策が講じられていない原発の再稼働は認められない
   シビアアクシデント(過酷事故)対策は,これまでに欠けていた安全確保策の一部を構成するものであり,「災害の防止上支障がないこと」を構成する基準の一つである。従って,シビアアクシデント(過酷事故)対策が講じられていなければ,使用停止命令が発せられるべきであり,再稼働は認められない。
 
4 多重防護の思想
   多重防護の思想は,多重防護で安全が確保されると考えるべきではなく,多重防護をしなければ,直ちに危険が現実化すると考えるべきである。
   福島原発以後,日本はこれまでは3層までの安全規制をしていなかったが,5層までの安全規制をしなければならないと言われている。①異常の発生を防止する。②何らかの原因によって異常が発生した場合でも,それが拡大することを防止する。③異常が拡大してもなお放射性物質の環境への多量の放出という事態を確実に防止する。これが福島原発事故以前に言われていた3層の多重防護である。さらに④シビアアクシデント(過酷事故)対策,⑤防災指針を作るとされている。
しかし,5層まで作れば安全ということではない。いずれの層も破られることを前提に考えられており,5層まで安全策を講じないと,リスクが直ちに現実化するということである。
   そして,安全規制で重視しなければならないことは,放射性物質の環境への多量の放出を確実に防止するという3層までの安全規制である。
   シビアアクシデント(過酷事故)対策は必要ではあるが,シビアアクシデント(過酷事故)対策は設計における安全確保が功を奏さなかった場合の対策であって,本来の安全確保策に対して補助的な地位を占める対策である。また,多種多様な展開が予測されるシビアアクシデント(過酷事故)のすべてのシナリオに対応し,必ず効果を上げられるということを論証することもできない。このように,その効果は,本来の安全確保策に比べれば限定的である。
   従って,シビアアクシデント(過酷事故)対策を十分に行えば安全が確保される訳ではないことを認識すべきであり,シビアアクシデント(過酷事故)対策を法規制すれば安全が確保されると言うならば,それは新たな安全神話を作ることである。
安全確保のための安全指針として第一に重要なのは,「放射性物質の環境への多量の放出を確実に防止する」という3層までの安全規制である。これに関する指針類について指摘した前記の欠陥を改訂しなければならない。
この改訂をしないで,その結果発生する重大事故はシビアアクシデント(過酷事故)対策で対応すると言う考え方は誤りであり,そのような構造の安全指針では原子炉の安全は確保されない。
従って,設計基準事故の対象を拡大して安全指針を強化しなければならず,設計基準事故をそのままにして,シビアアクシデント(過酷事故)対策で危険性が回避できるなどと考えることは誤りである。

第8 原子力災害対策指針について
1 福島原発事故の教訓を活かすべき
原子力規制委員会は,2012年10月31日に原子力災害対策指針を公表し,その後も「原子力災害事前対策等に関する検討チーム」において原子力防災の検討が続けられているが,その内容は,「対策が比較的容易な事態のみ想定した対策では無意味である」という福島原発事故の教訓を十分に反映したものにはなっていない。
  以下に述べる通り,原子力災害対策重点区域の設定は狭きに失し,現在議論されている事故想定や包括的判断基準は,同指針の前文に規定された「国民の生命及び身体の安全を確保することが最も重要という観点」が欠落している。2013年3月18日の災対法読替規定施行日までにこの点を十分検討し,改訂した上で改めて公表すべきである。また,各原子力施設周辺地域の緊急時対応計画の実行可能性については,原子炉立地審査指針に基づいて審査し,問題の生じうる原子炉施設については再稼働を認めるべきではない。
  
2 原子力災害対策重点区域の設定
  原子力災害対策指針では,IAEAの国際基準を踏まえ,PAZの目安が「原子力施設から概ね半径5km」,UPZの目安が「原子力施設から概ね30km」,さらにPPAについても検討するとなっている。
  しかし,福島県飯舘村のうち,福島第一原発から50km程度離れた地区でも,2011年3月15日頃のプルーム通過時には極めて高い放射線量率となったといわれており,セシウム等のフォールアウトによってその後計画的避難区域に設定されている。風向きや降雪雨によってはより広範囲の重大な汚染がなされた可能性もある。2011年3月25日付近藤駿介氏作成の「福島第一原子力発電所の不測事態シナリオの素描」においては,4号機プールから放射性物質が放出された場合は50km圏の速やかな避難が必要となることが記されている。原子力災害対策指針における原子力災害対策重点区域の設定は,これらの事実を意図的に無視している。
  日本が地震多発国であること,各サイトの連鎖的事故等原発の有する重大な潜在的危険性,低線量被ばくのリスク等についても考慮するならば,本来であれば日本全土を原子力災害対策重点区域としなければならないところではあるが,少なくとも原子炉施設から50kmをUPZとしなければ,福島原発事故の結果に照らして指針が不合理であることは,誰の目にも明らかである。
  また,福島原発事故時においては,首都圏の住民も含め,多くの国民が十分な情報提供を受けられないまま漫然と被ばくしてしまった事実も直視しなくてはならない。日本全土を原子力災害対策重点区域とすることは出来なくても,すべての住民が不必要な被ばくを避ける権利を有することからして,事故状況,放射性物質の放出状況や各地域の放射性物質の飛来時期の予測等については,可能な限り正確かつ迅速に,原子炉施設からの距離に関わりなく,全住民に情報提供をする責務を国が有することも,指針に記載すべきである。

3 事故想定
  政府の事故調査報告書413頁には,発生確率にかかわらず然るべき防災対策が行われるべきことが記述されている。そもそも原子力防災は,深層防護の考え方における4重の壁を突き抜けて環境中に大量の放射性物質が放出されるという異常事態に備えるという性質上,放射性物質の放出規模・形態等について確率論的な予測を行っても,あまり意味がない。
  しかしあえて過去の原子力発電所の事故を振り返ってみるならば,住民の避難が必要となる国際原子力事象評価尺度レベル4以上の事故は,実用発電用原子炉については世界でもこれまで3例(スリーマイル,チェルノブイリ,福島)しか起こっていないが,いずれにおいても当時の想定以上の事故が発生し,このうち少なくとも2例(チェルノブイリ,福島)については,周辺住民の放射線防護措置が不十分にしか講じられていない。
  したがって,原子力防災対策を定める上での事故想定は,科学的見地からは起こるとは考えられないような,考え得るすべての最悪の事態を包摂するものでなければならない。当然,チェルノブイリ発電所事故のような反応度事故や,想定以上の地震・津波との複合災害,福島原発事故において偶然の事情によって回避された最悪の事態等が発生した場合でも,住民の被ばくを最小限にするための最善の手段がとれるようにすべきことは,指針に具体的に規定されていなければならない。

4 包括的判断基準
  原子力災害事前対策等に関する検討チームでは,緊急防護措置(避難)についての包括的判断基準が「外部被ばくによる実効線量50mSv/週」,早期防護措置についての包括的判断基準が「実効線量20mSv/年」という案が検討されている。
  しかし,従前から我が国での周辺監視区域に関する線量限度の実効線量は「年間1mSv」であり,この50倍の放射線を1週間で浴びるような状況を避難の基準とすることに国民の理解が得られるとは到底思えない。早期防護措置についての包括的判断基準も,国際的に非難されている福島原発事故における計画的避難区域の指標を追認したものに過ぎず,ロシアのチェルノブイリ法等,チェルノブイリ原発事故の被ばく国の基準と比較しても,著しく高い。緊急時における防護措置の判断基準としても「年間1mSv」とすることを指針に記載すべきである。
  
5 原子炉立地審査指針に基づく審査
従前は原子炉立地審査指針と防災とは無関係と考えられてきたようであるが,立地指針等検討小委員会でかねてから検討されてきた通り,現行立地審査指針1.1 (3) 「原子炉の敷地は,その周辺も含め,必要に応じ公衆に対して適切な措置を講じうる環境にあること」という要件に基づいて,緊急時対応計画の実行可能性について審査すべきである。
そして,各原発周辺自治体についての地域防災計画と現実の備え,局地的な地勢,輸送,人口分布等,緊急時対応に影響を与える可能性のある種々の要因を検討した上で,想定事故において国民の生命・身体を保護するための十分な防護措置をとることが不可能であると判断される場合は,原子力規制委員会は当該原子炉施設の停止その他の必要な措置を命じるべきである。
以上

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